大阪高等裁判所 昭和43年(う)907号 判決 1968年12月13日
主文
本件各控訴を棄却する。
当審の訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人栗坂諭作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一点の1について
論旨は、(一)原判決は、「工業所有権の保護に関する一八八三年三月二〇日のパリ条約」がわが国について昭和四〇年八月二一日に発効したものであるのに、その発効前である昭和三八年二月二三日頃から昭和四〇年二月二七日頃までの被告人らの行為に対し、同条約一〇条の二を適用し、アメリカ合衆国ブリストル・マイヤーズ社の商品の商標および容器、包装の意匠を不法に保護し、不正競争防止法を適用したのは、法令の適用を誤った違法があり、(二)また昭和三八年二月当時、ライオン歯磨株式会社は、液体整髪料バイタリスについて商標権、意匠権等による法律上の保護を受けていたか否かについて何ら判断をしないで不正競争防止法を適用したのは、法令の適用を誤った違法があり、(三)被告人らのバイトセブンの商標は昭和三八年八月一〇日商標法による登録がなされているから、その後の本件行為については、不正競争防止法六条により同法一条一項一号、五条二号の規定の適用はなく不可罰行為であるのに、この点について判断をしなかったのは、理由不備の違法がある、というのである。
よって、まず右(一)の所論について案ずるに、原判決には、所論の「工業所有権の保護に関する一八八三年三月二〇日のパリ条約」の一〇条の二の適用については判示されていないが、所論の条約は、一九五八年一〇月三一日リスボン改正会議で改正され、昭和四〇年(一九六五年)八月二一日わが国について発効した「工業所有権の保護に関する一八八三年三月二〇日のパリ条約」をいうと思われる。ところが、本条約はそれまでパリ同盟条約と称せられ、数回にわたり修正と追加が加えられたものであって、不正競争取締に関する規定は、一九〇〇年一二月一四日ブラッセルにおける同盟条約改正会議で一〇条の二として初めて設けられ、その後、一九二五年一一月六日ヘーグ改正会議、一九三四年六月二日ロンドン改正会議における小修正を経て一九五八年一〇月三一日リスボン改正会議において一〇条の二の三項三号として「産品の性質、製造方法、特徴、用途又は数量について公衆を誤らせるような取引上の表示及び主張」を禁止する旨の消費者保護の規定を付加したものであり、同項一号の「競争者の営業所、産品又は工業上若しくは商業上の活動との混同を生じさせるようなすべての行為」を禁止する旨の規定は古くから存在し、わが国においては、同盟条約の前記ヘーグ改正条約に加入するため昭和九年「不正競争防止法」として制定され、昭和一三年前記ロンドン改正条約への加入、昭和二五年占領軍からの指示、昭和二八年「貨物の原産地の虚偽表示の防止に関するマドリッド協定」への参加、昭和四〇年前記リスボン改正条約への加入等のためにその都度改正されて来たものである。そうすると、本件は、わが国についてロンドン改正会議を経た同盟条約が存続していた当時のものであることが明らかである。そしてアメリカ合衆国も右条約に加盟しているが、同盟条約二条によれば、工業所有権の保護に関し、同盟国民は、わが国において日本国民と同一の保護を受け、かつ、自己の権利の侵害に対し日本国民と同一の法律上の救済を与えられるべきものとされ、その一〇条の二の一項によれば、「同盟国は、不正競争に対し同盟国民に有効な保護を与えることを要す」とされている。したがって、わが国は、右同盟条約にのっとり、日本国民の他の同盟国民に対する不正競争について、日本国民相互間におけると同様、不正競争防止法、その他工業所有権に関する各法律によって、同盟国民を保護しなければならないのである。しかも、本件の場合、ライオン歯磨株式会社が、昭和三七年八月一日、前記ブリストル・マイヤーズ社との間に、同社の液体整髪料バイタリスの商標、その商品の容器および包装の意匠等の使用、商品の製造、販売について契約を締結し、右契約に基づき、ライオン歯磨株式会社が日本国内において独占的使用権を有することになった右ブリストル・マイヤーズ社の商標、意匠等に対して被告人らが不正競争行為をしたという事案であって、日本国民相互間の事案でもあると認められるから、本件は、いずれにしても不正競争防止法の適用範囲内の案件といわなければならない。所論(一)は、条約改正の経過を看過したものであり、とうてい採用することはできない。次に、右(二)の所論について案ずるに、不正競争防止法一条一項一号にいう他人の商標、商品の容器、包装、その他他人の商品たることを示す表示は、同号が本邦施行の地域において「広く認識された」商号、商標、その他の表示の使用を不正競争から保護することを目的とし、その登記、登録を要件としていないことからみると、商標法や意匠法による登録の有無を問わないものと解するを相当とするから、(二)の所論も採用できない。さらに、(三)の所論について案ずるに、なるほど、被告会社の「VITE SEVENバイトセブン」の商標は、ブリストル・マイヤーズ社が昭和七年二月一六日指定商品ヘアートニックにつき、昭和二六年一二月一八日指定商品香油、理髪液、ポマード、コスメチック、ベーラム、その他髪油、髪液につきした「VITALIS」の登録商標や、昭和三八年一〇月三日指定商品せっけん類、歯みがきにつきした「Vitalis」の登録商標とは異なるものであって、被告会社は右商標につき、せっけん類、歯みがき、化粧品、香料類を指定商品として昭和三八年八月一〇日に出願し、昭和三九年七月二日公告、同年一〇月二六日査定を受け、本件事案の終末より約三ヶ月前の同年一二月八日登録を受けているから、登録後の右商標の使用については、不正競争防止法六条により、権利の行使と認められる場合には同法一条一項一号、五条二号の規定の適用を受けないであろうが、本件において被告人らが使用したのは登録を受けていない「Viteseven」という商標であるから、右六条の適用を受けるべき筋合のものではないのみならず、不正競争の目的をもって、すでに周知性のある他人の商標、商品の容器、包装、その他他人の商品たることを示す表示と類似のものを使用し、またはこれを使用した商品を販売して他人の商品と混同を生ぜしめる行為をしたときは、商標法による権利の行使とは認められないから、原判決が前記VITESEVENの商標の登録のあることについて判断しなかったとしても、何ら理由不備の違法があるとはいわれない。所論(三)も採用できない。論旨はいずれも理由がない。
控訴趣意第一点の2について
論旨は、原判決は、バイタリスの周知性についての証拠がないのにこれを認定したのは、理由不備の違法があるというのである。
しかし、≪証拠省略≫によれば、ライオン歯磨株式会社は、昭和三七年八月頃以来、新聞、テレビを通じ、本邦内の相当広範囲の地方に、油でない液体整髪料バイタリスについてVitalis V7の商標のラベルを貼付した容器を掲載して宣伝し、その販売先も当初は主として東京方面であったが、昭和三八年一月頃から全国的規模に拡大され、その販売量も増大していることが認められ、この事実に右のマスコミの持つ宣伝力をあわせ考えると、本件被告人らがバイトセブンを販売した当時において、液体整髪料バイタリスが本邦において広く認識せられる商品であったことが認められる。そして、当審における事実取調の結果によっても、右事実を認めるに十分である。もっとも、当審で取り調べたABR朝日新聞大阪本社広告部の調査資料によれば、阪神地方に居住する一般世帯を調査対象として、ポマード類の使用者の調査対象者中、バイタリスの使用者は、昭和三八年八月の調査では九五六名中三五名でその比率は三・七%、昭和三九年一月の調査では九八三名中五四名でその比率は五・五%、同年八月の調査では九〇七名中七五名でその比率は八・三%、昭和四〇年一月の調査では九五二名中八四名でその比率は八・八%となっているが、右の比率は阪神地方に限定された調査対象者中、現にバイタリスを使用していたものについてのもので、バイタリスを知っていた者の比率ははるかにこれを上回ると考えられるから、使用者についての右の比率の故をもって、バイタリスの周知性を否定する資料とすることはできない。なお、所論は、バイタリスの包装の意匠は全然広告されていないため、広く認識されていたとはいいがたいのに、原判決はこの点を看過して周知性の判断をしたというのであるが、押収にかかるバイタリス入りの容器と包装の紙箱(証第一号)により、ラベルと包装の表示とを比較すると、包装の紙箱の前面の商標文字の配列、赤と緑の配色、文言等の意匠はラベルのそれと全く同一であるから、包装について広告をしなかったとしても、バイタリスの表示の周知性について影響を及ぼすものではない。右所論は採用できない。原判決には所論のような理由不備はないから、右論旨も理由がない。
控訴趣意第一点の4および5について
論旨は、原判決は、本件バイトセブンの表示をバイタリスの表示と類似のものと認定したが、類似の概念について本件に関する民事事件の判決書を証拠として援用しているのみで、理由不備の違法があるのみならず、類似の解釈について法令の解釈適用を誤った違法があり、また、原判決は商品混同の事実を認めたが、その混同のおそれはなく、その証拠もないから、原判決は混同の解釈を誤った結果、理由不備を来した違法があるというのである。
しかし、原判決挙示の証拠中、押収にかかるバイタリス入りのガラス製容器、包装の紙箱(証第一号)およびバイトセブン入りのガラス製容器、包装の紙箱(証第二号)とを比較すると、(イ)容器の大きさ、形、色、模様、(ロ)容器の蓋の形、色、その上部のVの標章、(ハ)容器に貼付してあるラベルの大きさ、形、対応する文字の大きさ、形、配列、赤と緑の配色、説明の文言、ラベル下部の赤色の横線、(ニ)包装の紙箱の大きさ、形、色、対応する面における対応する文字の大きさ、形、配列、赤と緑の配色、紙箱正面の説明の文言、その正面下部の赤色の横線の諸点において両者は全く同一で、特にラベルおよび包装の各対応する標識、文字についての赤と緑の配色はきわめて印象的である。さらに、バイタリスのラベルおよび包装の「Vitalis」(V7)、バイトセブンのラベルおよび包装の「Vite Seven」「V7」はいずれも他の文字よりも特に大きな文字で書かれていて、ラベルおよび包装の主要部分となっており、特に(V7)「V7」の商標は、各商品の象徴的な標識となっていて、強い印象を与えるものであるが、「Vitalis」と「Vite Seven」とでは文字数も呼称も異なり、同一とはいえないけれども最初の三字「Vit」が同じであり、また(V7)と「V7」とでは、これを詳細に見れば、「V」と「7」とがくっついているか離れているかという違いがあるだけであって、「Vitalis」と(V7)、「Vite Seven」と「V7」をそれぞれ組み合わせると、類似した表示と認められる。その他両者の間には、ラベル、包装正面のいずれも赤線下部の製造元の表示に差異があり、バイタリスの(V7)の左側には小さな文字で「WITH」の文字があるが、バイトセブン「V7」の左側にはそのような文字がないという差異があるに過ぎない。したがって、両者の容器と紙箱とを同時に並べ注意して比較するときは、その相異点がないとはいえないが、一べつしただけではその相異点に気がつきにくく、さらに、両者を各別に時と場所とを異にして観察するときは、前記同一または類似の点、特に対応する標商や文字の大きさ、赤と緑の配色が同一で、各商品の象徴的な(V7)「V7」の商標がきわめて類似しているところからみて、一見、両者の表示の差異を認識することは困難で相まぎれるおそれが十分にあることが認められる。また、前記押収にかかるバイトセブン入りの容器、包装の紙箱(証第二号)とバイトセブン入りの容器、包装の紙箱(証第三号、第四号)とをそれぞれ比較すると、証第三号、第四号の容器ではその側面に波型の浅い溝がつけられている点と蓋の色が赤色から緑色になっている点で証第二号の容器のそれと異なり、証第三号、第四号のラベルでは下部の赤色の横線が取り除かれている点で証第二号のラベルと異なり、包装の紙箱において証第三号では正面下部の赤線が二本となり、証第四号では正面下部の赤線が取り除かれて赤色の楕円型の中に白色の小さな横文字で「GOLDEN SPECIAL」と記入されている点で証第二号の包装の紙箱と異なるなど、証第二号と証第三、第四号とでは多少の相異が認められるが、主要な点での相異がなく、証第一号のバイタリスの容器、包装と証第三号、第四号のバイトセブンのそれとを比較しても、前記証第一号と証第二号とを比較した場合と同様に、一見、両者の表示の差異を認識することは困難で相まぎれるおそれが十分にあることが認められる。そして、原判決挙示の証拠によれば、被告人らが本件液体整髪料バイトセブンを主として西日本各地および東京方面に販売したことが明らかであるから、被告人らは、その販売にさいし、バイタリスの商標、容器、包装等の意匠と類似のものを使用し、かつ、これを使用したものを販売して他人の商品と混同を生ぜしめる行為をしたものといわなければならない。所論は、バイタリスの販売先とバイトセブンの販売先とは異なるから、混同する余地はないというが、両者は同じく液体整髪料であって、原判決挙示の証拠によれば、被告人らはバイトセブンを理容業者、理容器具卸商のほかに化粧品店にも販売していることが認められ、理容器具卸商や化粧品店を通じて一般大衆に市販されることが予想され、また、バイタリスも一般大衆はもちろん、理容業者、理容器具卸商によって使用され、販売されるために、需要者の間で商品の混同を生ぜしめるおそれがあるといわなければならないから、右所論は採用しがたい。原判決がバイタリスとバイトセブンの表示の類似、商品の混同の事実を認定したのは正当であって、原判決には所論のような理由不備、法令解釈適用の誤はない。論旨は理由がない。
控訴趣意第一点の3および第二点について
論旨は、原判決は、被告人らに大企業の商品との不正競争の目的がないのに、「商品の混同を生ぜしむる行為」をしたことをもって直ちに「不正競争の目的」があったと即断したのは、法令の解釈適用を誤り、事実を誤認した違法があるというのである。
しかし、不正競争防止法五条二号にいう「不正ノ競争ノ目的」とは、公序良俗、信義衡平に反する手段によって、他人の営業と同種または類似の行為をし、その者と営業上の競争をする意図をいうものと解するを相当とする(最高裁判所大法廷昭和三五年四月六日判決、刑集一四巻五号五二五頁参照)。そして、かような意図をもって、同法一条一項一号の周知性のある他人の商品の表示と同一もしくは類似のものを使用し、またこれを使用した商品を販売して他人の商品と混同を生ぜしめる行為をしたときは、同法五条二号に該当し、同号所定の罰則の適用を受けることとなるのであって、所論のような両者の営業規模の大小にはかかわらないものというべきである。本件において、被告人らの行為が同法一条一項一号に該当することは、さきに説示するところより明らかであるから、右「不正ノ競争ノ目的」の有無についてみるに、原判決挙示の宮本祝雄、庵龍三、佐藤徳蔵の各司法警察員に対する供述調書、被告人井上守正、同折橋親乗の各検察官および司法警察員に対する供述調書によれば、被告人らは、昭和三八年七月頃、液体整髪料を製造販売しようとして、当時新聞、テレビ等を通じて宣伝されていたエム・ジー・ファイブやバイタリスの製品を参考として同種の液体整髪料を作り、その名称や容器、紙箱等のデザインを研究し、まず名称について被告人折橋その他の従業員と話し合い、結局被告人折橋の発案でバイタリスの(V7)の商標からヒントを得てバイトセブンという名称をつけ、整髪料のよく売れる時期は夏から秋にかけてであるので早く売り出すため、すでに宣伝され有名になっていた右バイタリスの容器、紙箱、ラベル等に似せたものを使用して売り出そうと考え、被告人折橋と相談のうえ、バイタリスの紙箱、ラベルおよび被告人井上がこれに似せて作った図案を印刷所に提示して紙箱、ラベルの印刷方を依頼し、さらにバイタリスの容器をガラス工業所に提示して同様の容器の製造方を依頼し、バイタリスの紙箱、ラベル、容器によく似たでき上がりのそれらを使用し、バイタリスの宣伝に便乗してバイトセブンを販売しようとする意図のもとにこれを販売するに至り、大阪を初め西日本ならびに東京方面の理髪業者等を中心に販路を拡張していたところ、昭和三九年二月ブリストル・マイヤーズ社およびライオン歯磨株式会社の申請により不正競争防止法違反として証拠保全手続がなされ、続いて、その弁護士からバイトセブンの容器等の使用中止を申し入れて来たが、余り変えると別物に見られて売行に影響すると考え、同年五月頃から容器の側面に波型の浅い溝をつけ、蓋の色を赤色から緑色に変え、ラベルの下部の赤線を取り除き、紙箱の正面の赤線一本を二本にしたり、またその赤線を取り除いて赤色の楕円型の中に白色の小さな横文字でGOLDEN SPECIALと記入するなど、余り変らない程度に多少の変更を加え(証第三、第四号)て販売を続けたことが認められ、たとえ、被告人らにおいて、ライオン歯磨株式会社のような大会社に対し大きな打撃を与えるとは思っていなかったとしても、すでに新聞やテレビなどで宣伝され広く認識されているバイタリスの商標、容器、包装と類似の表示を使用して同種の商品を販売する意図を持っていたのであるから、営業規模の大小にかかわりなく、被告人らにおいて不正の競争の目的があったといわなければならない。この点に関する原判決の判断は正当であって、原判決には所論のような法令の解釈適用の誤および事実誤認はない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審の訴訟費用の負担につき同法一八一条一項本文、一八二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山崎薫 裁判官 竹沢喜代治 尾鼻輝次)